不動産屋さんの社長って(愛和住販社長ブログ)

愛和住販っていう不動産会社の社長の日記です。 多分、自分は社長タイプじゃありません(白目)

不動産の買い取り・売買・賃貸を坂戸・川越を中心に埼玉県をメインに営業している不動産会社です。新築戸建て・中古戸建てやマンション・売地など取り扱っています。賃貸の仲介もやってます。

カテゴリ:全般 > 昭和時代

今日は「昭和の日」ですね~。
昭和生まれの私は「昭和の日」と言われてもいまいちピンときません。
11年前の2007年から「昭和の日」という祝日になったようですが
やはり「天皇誕生日」っていうのが私的にはシックリきます。
特に右翼思想はありませんが昭和の子供はこの日をずっと「天皇誕生日」と呼んでいましたからね。
昭和天皇が崩御されたあとは「みどりの日」と呼んでいたこともありましたね。
なんで「みどりの日」なのかいまだにググっていませんけど。
いまは5月4日が「みどりの日」らしいです。
なぜ5月4日が「みどりの日」なのか?こちらもヤフっていないのでしりません。

さて、「昭和の日」はどんな意義があるかというと
ザックリいうと「昭和」を忘れないため。だそうです(先ほどggりました)
明治とか大正とかはなくて「昭和」だけ特別扱いです。
まぁ「昭和」という時代は敗戦という日本の歴史上おおきな出来事もあり
またその敗戦から戦後ある意味奇跡的な復興をとげて今の日本がある事を思えば
そうした時代を忘れないためにも「昭和の日」が特別扱いでもヨシとしましょう。
まぁ、私が生まれ育った時代と言うのも少し特別感があって嬉しいですが。

とはいえ、私の人生も昭和より平成の期間が長くなりましたが
それでも若かりし頃の青春時代は「昭和」まっさかりでした。
「昭和」時代の話はまた追々するとして
「昭和」という時代はなんだか「熱」みたいなものがあった気がします。
「希望」と言い換えてもいいかもしれません。
特に若い世代にとっては今よりも「希望」があった気がします。
高度成長のまっさ中でまだまだ色々な分野・業種でチャンスがあったからなのかな?と思っています。
「ジャパンドリーム」がいまよよりはあった気がします。
もちろん、いまでもIT産業をはじめとする各分野で若い経営者が成功していますが
成功者数が昔より少ないのかな?
全体的に母数(人口)が少ないからそうなっちゃうのかは分かりませんが
なんとな~く今の日本には若者の夢が減った気がします。
若者に夢を与えられるような世界でなければ「熱」は下がりますよね。
これは、私たち昭和世代の責任だと思っています。
もちろん懸命に働いて戦後復興をはたし、豊かで便利な日本を次世代に残した功績はあります。
いまのようにGW9連休どころか週休二日制すら昭和時代にはなかったですかからね。
ただ、豊かさ便利さを追求するあまり次世代の残すべき何かを失くしてしまったような気はします。
とこうして色々と考える人がいることは「昭和の日」もあながち意味なくはないと思ったりします。

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横浜市の公立中学校の「ハマ弁」が利用者がすくないために
1食あたり6000円超えで問題になっている。
1食6000円するのでなく「市負担」が1食あたり6000円になっているらしい。

中学校給食を実施していない横浜市が、給食のかわりに導入した配達弁当「ハマ弁」の市費負担が、2016年度に1食あたり6313円にのぼったことがわかった。17年度は改善したが、それでも1食2千円程度となる見通し。利用率20%を想定したのに、実際は1%台に低迷しているためだという。

「ハマ弁」とは上記に記事に書いてあるように給食に替わる配達弁当だそうで
1食300円程度でお弁当を配達してくれるシステムらしい。
献立を少し見てみたが、300円なら全然安い感じのお弁当だ。

ハマ弁オフィシャルサイト

まぁ驚いたのが6000円云々とか、利用者が1%とかそういうことではなく
横浜市の中学校に「給食」がないことだ。
調べてみると神奈川県と大阪府は「給食率」が極めて低い。
ということは、神奈川・大阪の人は「中学校は給食なし」が普通ということか。
私は、てっきり「義務教育」は「給食付き」だとばかり思っていた。

「給食」というと今でこそ多彩なメニューだが
私ら「昭和の給食」は、主食はほぼ「パン」である。
そして、たま~に「ソフト麺」。「うどん」とは明らかに違う「ソフト麺」である。
米が「給食」の取り入れられたのはいつ頃だろうか?
私の記憶では給食で米がでたような。でなかったような。という曖昧さ。
なのでそれほど「米」は出なかったのだと思う。
あとは毎回出されるのは「牛乳」
最初の頃はビンの牛乳で、牛乳瓶のフタを開ける道具があった。
その後三角パックの牛乳になりストローを刺して飲むようになって感動したな。
時折、「コーヒー牛乳」の日があって嬉しかった。
「コーヒー牛乳」とか「プリン」の日に休んでいる同級生がいると
その余りをかけてじゃんけん勝負をしたりする。
時折、友人と酒の席で「給食」話題になるが結構盛り上がる。
それほど「給食」は、特に男子にとっては大切なシステムだったんだな。
まぁ、現代はアレルギーとか諸々の問題もあって全員で同じ食べ物は難しいのかな。
昭和時代は、「全部食べなさい」と先生に強制され無理矢理食べさせられた同級生もいた。
いまこれをやったら「懲戒免職」だよね。
給食の話はまた時折しますが、
それにしても、給食のない市町村があるのは本当にビックリです。
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今日25日は当社の「お給料日」です。
スタッフにとって楽しい「お給料日」は
社長には悲しい「支払い日」です(笑)
それでも、遅滞なく「お給料」を支払えることを感謝しています。
本当です。キッパリ

さて、「給料」というといまでは銀行振り込みが当たり前ですが
私の若いころ・・「昭和時代」には現金手渡しが普通でした。
「給料振り込み」っていつ頃からかなぁ
勤めている会社の規模にもよりますが
少なくても私は21歳くらいまでは「現金」だった記憶があります。
一人ずつ会社のお偉いさんの部屋に呼ばれて
現金の入った「給料袋」を手渡しされるんですね。
で、その時にお偉さから「お金」の他に「一言」もいただきます。
その一言は、𠮟咤だったり激励だったり。
まぁ月に1度のお偉いさんとのコミュニケーションでもあった気がします。

そんな現金支給の昭和の時代には
もらったその日に、ほぼ使い切っちゃう人や
給料袋ごと無くしちゃう人や
植木等の歌のような人は本当にいましたね。
もらってすぐに、給料袋の封を切るヤツに
植木等タイプが多かった気がします。
私は、実家住まいの時は封を切らずにそのまま母親に渡し
そのなかから小遣いをもらっていました。
いやいや、本当ですってば。キッパリ

最初に給料が銀行振り込みになった時は
なんとなく味気ない気分でしたね。
目の前に現金があるのと、通帳に数字だけ印字されるのとでは
「もらった感」が全く違います。
「もらった感」=「充実感」で
「充実感」=「感謝」みたいな感じですかね。
だからこの給料銀行振り込みシステムが
お父さんの家庭での地位を崩壊させたと思っています。
お父さんのお給料を、奥様が銀行におろしに行く。
これがダメですね。
やはり、お父さんが「現金」を「封筒」にいれて奥様に手渡す。
この一連の作業の中に
家族のお父さんへの感謝や尊敬が生まれるのではないか?
昭和のオッサンである私は思う訳です。
もちろんそれは会社も同じです。
社長が社員に現金で手渡す。
これぞ社長の仕事です(笑)

とかいいつつ、当社では給料は振り込みですし
生活費も嫁が私の口座から銀行でおろしてそのまま嫁の財布にINです。
当然、私の威厳などありません。
ああ、昭和の古き良き時代が懐かしい・・


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