不動産屋さんの社長って(愛和住販社長ブログ)

愛和住販っていう不動産会社の社長の日記です。 多分、自分は社長タイプじゃありません(白目)

不動産の買い取り・売買・賃貸を坂戸・川越を中心に埼玉県をメインに営業している不動産会社です。新築戸建て・中古戸建てやマンション・売地など取り扱っています。賃貸の仲介もやってます。

タグ:昭和

いやぁ~暑いですなぁ・・
ここ数年は毎年「殺人的暑さ」の夏ばかりです。
ボクが少年だった頃は、夏というと30℃~33℃。
35℃も滅多に見ることがなかった気がします。
ましてや40℃なんて想像すらしていなかったですね。
だから朝一でラジオ体操に参加した後はほぼ一日中外で遊びまわっていた気がします。
さて「海なし県」の埼玉で生まれ育ったボクにとって「水辺」といえば川です。
プールは学校以外はお金がかかるので、夏で水辺と言えば川です。
チャリで暑い中川まで行って川で泳いだり魚をとったりするわけです。
実は川は結構デンジャラスです。
ボクも何度か溺れて死にそうになった経験があるのですが、
川は海と違っていきなり深くなったり、底の方が流れが強かったりします。
海は沖にいかなければ深くはならないと思うのですが、
川の場合はちょっと移動しただけでいきなり足がつかなくなったりします。
では「川で溺れたたらどうしたらいいか?」というと
慌ててもがいてはいけません。もがけばもがくほど脱出できません。
とにかく一回息を吸ったらそのまま何もしないで流されるの一番です。
力んで手足をバタつかせているといつまでたってもその場で浮き沈みするだけですが、
力を抜いて流れに身を任せていればすぐに足のつく所まで流れていきます。
ここが海とまた違う所で、海はどんどん沖に流されるのですが
川がどんどん岸辺に向かって流されるので安心して流されてください。
あくまでもボクの経験則ですが、ボクはそれで何度も命拾いしています。

そんな川遊びというと思い出しますが昭和時代には川の土手に、
今思うと大学生とか高校生くらいのオトナが数名いました。
この人たちは何をするのかというと、川で溺れている小中学生の子供達を発見しては救助するのです。
海やプールにいるライフガードみたいな存在です。
もちろんタダではありません。その子やその親から数千円の報酬を受け取ります。
救助された時はその親はいなくても次の日に川に行って
昨日助けてもらったお兄さんに親がお礼します。
また助けてもらった時にはそのお兄さんの名前と電話番号を教えてもらうというか、
そのお兄さんたちは予め自分の名前と電話番号をかいたメモ用紙を用意してあり
帰宅後に親に経緯とメモ用紙を渡すという次第です。
だから「昭和の川遊び」は親が同伴しなくても結構安心して遊ぶことができました。
もちろん遊ぶ側も川の土手にいる有料ライフガードのお兄さんたちから見える場所で遊びます。
そんな「昭和な川遊び」がボクの少年の頃の夏の思い出のひとつです。

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いよいよ「平成」の明日で最後ですね。
元号が変わったからと言って日常生活は変わりませんが、
何となく心機一転の新しい気持ちに一瞬はなります。
ボク等がまだ若いころ、昭和の前が大正でその前が明治。
なので「明治時代」「明治生まれ」と聞くと、
結構、「遠い時代」「古い人」みたなイメージが無かったですか?
そう思うと、令和時代が始まると「昭和」は、前々代の時代で
令和生まれの人は「昭和」は遠い時代。というイメージになるんでしょうね。
ボクの人生の中では昭和と平成がほぼ半分づつ。
正確に言うと昭和より平成の方が長く生きています。
ですから「平成育ち」と言っていいのでしょうが、
生まれが「昭和」なのでどうしても昭和時代の人となってしまします。
丁度、マリーンズの井口監督の現役生活が、
「マリーンズ」在籍期間が一番長いのにホークスの選手のイメージと一緒です(分かり辛っ)
それでも昭和と平成とどっちが良かったか?と聞かれればやはり「昭和」ですかね。
青春時代が昭和だったからなのかも知れません。
平成時代は色々と世の中便利になりましたが、昭和のあの不便さが懐かしくなります。
そんな「昭和」も令和時代の到来でますます遠く感じます。
まぁボクも年齢が年齢なのでおそらく令和時代に人生の終焉を迎えるのでしょうが、
昭和~平成~令和と3つの時代を過ごせるのは意味もなですが幸せかなと思っています。

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今日11時40分くらいに新元号が発表になった。
新しい元号は「令和」(れいわ)になった。
さすがにこれを的中させた人はいないだろうな?いやいるかな?
ボク的には「令和」というのは全く想像していなかったけど、
アルファベットの頭文字が、A・K・Rかなとはちょっと思ってた。
まぁ、そんなに新元号についてアレコレ考えてはいなかったけど。
この「令和」というのは万葉集からの引用らしいのだけど、
日本の古典からの採用は初めてらしい。
いままでは中国古典からの採用だったらしいので、
国書から採用したのは純粋に良かったと思う。
新元号の「令和」というのは、いいとか悪いとかは思わない。
いい悪いの感想なしに「令和」になったんだ~と素直に受け入れる。
「平成」の時もそうだったけど「令和」って言葉に
慣れるまで違和感はあるけどそれもすぐになくなるだろう。
昭和生まれのボクにとってまた「和」の文字は親しみがある。
ボクの会社も「愛和」だから、ちょっと嬉しい。
それにしても、まさか自分が生きているうちに元号が3つ目になるとは思わなかった。
若いころ、昭和の前は大正でその前の明治生まれの人を古い時代から生きているなぁと思ったが、
これからの「令和」世代の人達からしたら「昭和」生まれは古い時代になっちゃうんだな。
まぁとりあえず新元号も決まったことだし、しばらくは巷はこの話題で持ち切りでしょうね。


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体操協会のパワハラ問題がまだ続いている中、
今度はウエイトリフティング協会でパワハラ騒動が勃発しましたね。
レスリング・ボクシング・体操にウエイトリフティングと
次々にパワハラ疑惑が浮上しますが
これは多分アマスポーツ全てにこのようなパワハラは存在すると思っています。
言葉を含めた暴力で従わせるのは今の時代は許されることではないですが
私ら昭和の時代には、当たり前のように行われていた行為ですからね。
小学校・中学校の先生なんてパワハラだらけですよ。
グラント10周とか授業中正座とか、バケツをもって廊下に立たせられるなんてこと
冗談抜きに男の先生ならずとも女の先生も生徒に強制してました。
また竹刀で叩いたり当然平手で頬を叩かれたり普通でした。
親の方もそんな先生にクレームを入れる親も少なく
むしろ先生に殴られたくらいで親が学校に文句を言いに来た日には
殴られた子供の方がクラスで恥かしい思いをしたものです。
通常のシーンでもこんなですから、体育会系の運動部なんぞに所属した日には
先輩から普通にいじめられたり、先生に普通に殴られたりしたものです。
昭和の人達(特に体育会系)は、殴る方も殴られる方も「あたりまえ」で
むしろ大人になってからは「殴られた先生」の方が「いい先生」風の思い出になったりします。
要は、昭和の人間は殴る方も殴られる方も「罪」の識とかないんですよね。
学校とかだけじゃないですよ。自宅でもそうです。
大抵の親父(時に母親も)は、子供を殴って育てます。
昭和のほとんどの男子は殴られています。女子でも殴られた子もいます。
こんな昭和生まれの人間が指導者やっていたらそりゃパワハラしますって。
だって、パワハラとかいう概念というか文化がありませんから。
「愛の鞭」とか思っているわけで、人生そうやって生きてきましたからね。
今の時代は「愛の鞭」なんて「愛に無知」だけだということを理解していません。
指導の為に言葉を含めた暴力を使用するのは、昭和期の文化なのです。
だから多分社会からパワハラがなくなるのは50年くらい先になると思います。
私等みたいな昭和世代が絶滅危惧種となり社会に影響力を及ばさないようになれば
自然とパワハラもパワハラと言う言葉自体もなくなると思います。
それまでは、こうして順番に告発されていくことにより抑止力になるわけです。
それにしても、強者が弱者に対するハラスメントは問題視されるのに、
強国が弱小国を脅して搾取したり戦争仕掛けたりするのは問題視されませんよね。
今の日本をみていると国全体が「パワハラ天国」のように見えるんですけどね。


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川越・坂戸・鶴ヶ島の不動産売買は愛和住販で!

毎日猛暑が続きますね。
オトナはうんざりですが、夏休み中の子供たちにとっては暑さなんてなんのその。
今日も午前中、川越水城公園の近くを車で走っていると
小学生とおぼしき数人の子供たちが、浮き輪を抱えて元気にプールに向かっていた。
子供にとって夏休みは本当にサイコーな1カ月ですからね。
私の子供の頃も、くそ暑い中毎日外で遊んでましたね。
そんな昭和な子供たちを「うんざり」させたのは
「夏休みの友」・・・通称「ナツトモ」です。
ちびまる子ちゃんにでてくる、夏休みの宿題です。

いまもあるかどうか知りませんが、
我々が小中学校の頃は「ナツトモ」は必須でしたね。
全教科が入っている問題集のような冊子です。
これを1冊夏休み期間中にやって、9月の始業式に先生に提出するわけです。
当時から聡明だった私は(笑)、「ナツトモ」は7月中に全て終わらせていましたね。
当時は7月25日くらいから夏休みだったのでおよそ1週間で1冊終わらせます。
頑張れば、1週間で終わるくらいの量ですから。
で、8月はもう遊ぶ。もちろん読書感想文とか工作とか自由研究とか
「ナツトモ」以外の宿題はあるけれど、
とりあえずメインの「ナツトモ」さえ終わっていればなんとかなるもんです。
イヤなことは先にやる。
オトナになってからもそれはあまり変わりませんね。
お昼に食事をしないで、仕事を全部終わらせてからゆっくりする。
そういうスタイルが好きですね。
まぁ営業マン向きな性格ですね。

さて私の2学年下の妹君は、たいてい8月30日くらいまで
「ナツトモ」に手をつけません。
でどうするかというと、見事なくらいに真っ白な「ナツトモ」を開き泣きじゃくります。
そうすると、半分キレかかった両親が私に向かって
「お兄ちゃん。宿題やってあげて!」と言うわけです。
で、何故か夏休みの最終日に2学年下の「ナツトモ」をやる羽目になります。
それもまたいい思いで・・・なわけないっしょ。
なんで、宿題終わっている私が「手伝わない」と怒られないといけないの?
思い出したら、理不尽な大人とズルい妹に腹が立ってきました(笑)

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