イジメを防止するために「あだ名」禁止の学校が増えているとTVで聞きました。男女ともに「○○さん」と呼ぶそうで、この「さん」付けもLGBTの方への差別をなくすのが目的で、「~君」とか「~ちゃん」は差別用語のような扱いになっているといことなんでしょうね。ボクの子供の頃は「あだ名」があるのは人気者のようなイメージだったり、親しみを込めた呼び方だったりしたんですけどね。時代ともに変わるんですね。あと50年もしたら「あだ名」なんて死語になるかもしれません。確かにボクらの子供時代もヒドイ「あだ名」をつけたりという事もありました。確かにイジメですよね。ただ「あだ名」を無くしたからといってイジメがなくなるとは思えなんですよね。だった「あだ名」ってイジメのツールのひとつにしか過ぎないわけでイジメのツールからあだ名が無くなったって他にイジメのツールはたくさんあるのだからイジメる側からしたら何も困らないと思うんですよ。むしろあだ名を無くしたことでイジメが更に分かりづらくなるんじゃないかな。あだ名があれば子供がヒドイあだ名で呼ばれていたら「これはイジメかも」って教師も気づくでしょ?むしろイジメに気が付くのが遅くなりそうな気がします。なのでボクは「あだ名禁止」の学校とかそれを取り入れた校長以下の先生達の発想がよくわかりません。なんでしょうね。表面上だけというか安直というか。もっといえば教育者としての発想じゃなく効率を重視した一般企業のサラリーマン的な感じがします。まぁ教師の仕事も大変ですから分からないわけではないですが、「あだ名」を無くせばイジメや差別が減るという発想はナンセンスだと思います。イジメや差別をなくすのはそれこそ「教育」が大きなウェイトを占めていると思います。もちろん、先生だけではなく親や、さらに言えば世間の大人達の「教育」が問題であって「あだ名」の是非なんて枝葉でしかないと思いますけどね。まぁボクは子供のころから「あだ名」らしい「あだ名」で呼ばれたことがないので「あだ名」で呼ばれている友人は羨ましかったですけどね。だから「あだ名」を禁止するのではなく子供たちにどう呼ばれたいのか自己申告してもらってその名前で呼びあえばいいと思うんですけどね。そうそうあだ名禁止の学校の対極で先生の事もあだ名で呼ぶ学校も紹介されてましたが、それはそれで「なんだかなぁ~」って思いましたけどね。

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